Blessed By A Broken Heart
Blessed By A Broken Heart
03年、カナダはモントリオールにて結成されたクリスチャンのメタル・バンド。当初のラインナップは、ヒュー・シャロン(vo)、タイラー・ホア(当時はサード・ギタリスト)、サイモン・フォックス(当時はリズム・ギタリスト)、ロビー・ハート(g)、ジョエル・ソーベ(b)、そしてダ・バード(ds)のトリプル・ギター編成であった。翌04年、インディーズのBLOOD & INK RECORDS というレーベルから、アルバム「ALL IS FAIR IN LOVE AND WAR」を発表。その後バンドは更なる進化を求め、複雑なメンバー・チェンジ、並びにパート・チェンジを行なう。ヴォーカルのヒューが脱退し、マット・カーク なるヴォーカリストが加入。ジョエルが抜け、サード・ギタリストであったタイラーがベーシストに転向。そして、サイモンがキーボーディス トになる。更にバンドはよりテクニカルなサウンドを求め、ポール・ギルバートやイングヴェイ・マルムスティーンのような速弾きギタリスト をMySpace 上で探し出す。結果、ニューヨークに住む、シュレッド・ショーン(g)という凄腕リード・ギタリストが加入。格段のパワー・アップを果たし、80年代ヘアー・メタルの要素と、メタルコアにルーツを置くヴォーカル・スタイルやブレイクダウンを盛り込んだソング・ ライティングを始める。06年後半、マット・カーク(vo)の後任のジョン・コリン(vo)が脱退。 07年1月、トニー・ガンビーノ(vo)という華のある最高のフロントマンが加入。バンドはCentury Mediaとの契約を獲得する。 4 月にはヴァンクーヴァーにある『The Farm』というスタジオに、RED HOT CHILI PEPPERS、RAGE AGAINST THE MACHINEらも手掛 けてきた名手GGGarth ことガース・リチャードソンと一緒に入り、デビュー・アルバム「PEDAL TO THE METAL」のデモをレコーディング。 07年の残りは、A DAY TO REMEMBERやMY CHILDREN MY BRIDEとの全米ツアーに費やし、別のツアーではKITTIE、IT DIES TODAY、BRING ME THE HORIZONとも一緒にアメリカをまわった。BRING ME THE HORIZONとは08年初頭にもヨーロッパを回った。このときのツアーには、レーベルメイトのMAROONやARCHITECTSも参戦。このヘッドライナー・ツアーはイギリスが最終地であった。しかし、このツアーを終えると、結成当初からのメンバーであるサイモン・フォックス(key)とロビー・ハート(g)が脱退。それでもバンドは歩みを止めることなく同年夏、『Scream The Prayer』と銘打った、WAR OF AGESやIMPENDING DOOM、WITH BLOOD COMES CLEANSINGといった同じクリスチャン・メタル・バンドとのU.S.ツアーを、イアン・スレイター(key)、J.J.ハリウッド(g)なるサポート・ギタリストによる協力もあって敢行。 「PEDAL TO THE METAL」は、マイク・シップリーやIT DIES TODAYのギタリストでもあるマイク・ハタラクの手で再度ミックスを施され、ついにヨーロッパにて8月にリリースを迎える。そしてサポートであったJ.J.の代わりにケイシー・ジョーンズ(g)が正式加入し、11月、12月はI AM GHOSTやDEVIL'S GIFTをサポートに従え、欧州ツアーを行う。 09年1月から3月まで、LOVEHATEHEROやIN FEAR & FAITHらを引き連れて『The Terminatour』というツアーを2回に分けて敢行し、北米をサーキット。バードはこのとき、高齢の父親のそばにいてあげるためツアーには帯同せず、今度バンドをコンポーザーとして支えていく第7 のメンバーとなった。その代わりにイアンがドラムスに変更となり、新キーボーディストとして解散したSTILL REMAINSのベン・ショーランドが、レックス・クルーガーと名乗り加入。数々の困難を乗り越えて、BBABHは前進しつづけている。
www.myspace.com/blessedbyabrokenheart

