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Children Of Bodom

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'93年の春にフィンランドのエクスボーという街にて学校の友人同士が集まって結成。当初はINEARTHEDというバンド名でレーベルと契約。しかしそのレーベルとトラブルがあり一旦偽装解散。そしてCOBとして再スタート。ちなみにCOBというバンド名の由来は、'60年代にフィンランドの犯罪史上に残る悲惨な殺人事件が起こったエスボーにあるボドム湖からきているという。当初はバンドメンバーが流動的でそのうちアレキシ、ヤスカ・ラーチネン(Ds)、ヤニ・ビリショキ(G)、サミュラ・ミーテナン(B)という4人に落ち着いていた。
'97年にアレキシはCOBのデビュー・アルバムをレコーディング。インディ・レーベル『SPINEFARM RECORDS』と3枚分のレコード契約を結ぶ。『SPINEFARM RECORDS』が企画したコンピレーション・アルバム「METALILITTO」にCOBは『サムシング・ワイルド』にも収録されている「デッド・ナイト・ウォリアー」を提供。このアルバムはフィンランド国内で1万枚を越えるセールス。そして同年10月、フィンランドでこのデビュー・アルバム『サムシング・ワイルド』をリリース。『SPINEFARM RECORDS』は日本のトイズ・ファクトリーとライセンス契約を結び『サムシング・ワイルド』を日本でもリリース。『サムシング・ワイルド』は日本でメロディック・デス・メタルのCOB信者を増やした。'99年にセカンド・アルバム『ヘイトブリード』をリリース。初来日公演が同年に行われその模様を収めたライヴ・アルバム[『トウキョウ・ウォーハート』が'99年末にリリース。'00年にサード・アルバム『フォロー・ザ・リパー』をリリース。'03年にはレーベルをユニバーサル・インターナショナルに移し、『ヘイト・クルー・デスロール』は日本では本国よりも約1ヶ月強もリリースを早め、尚かつ日本のファンのためにボーナス・トラックを2曲収録した。
03年、アレクザンダー・クオファラがツアーに対する疲れにより脱退。その後、元ストーン、ワルタリのギタリストで、アレキシと共にシナジーに在籍しているローペ・ラトヴァラをサポートに迎え活動を継続。当初、アレキシは「2つのバンドでギタリストが同じ」ということに疑問を持っていたことを話していたが、ミュージシャンとしてだけでなく人間的な面でもバンドに合っているということで、04年にローペが正式なメンバーになる。
06年10月に日本のヘヴィメタル・フェスティバル「LOUD PARK 06」への出演を行った。
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