New York Dolls
New York Dolls
1971年ニューヨークにて結成。結成前までは様々なバンドで活動をしていたメンバーだったが、ジョニー・サンダース(g)がデイヴィッド・ヨハンセン(vo)をバンドに誘い入れたのが始まり。結成当初のメンバーは、ギターにジョニー・サンダースとリック・リヴェッツ、ベースにアーサー・ケイン、ドラムにビリー・マルシア、ヴォーカルがデイヴィッド・ヨハンセン。このラインナップが固まった段階でNEW YORK DOLLSにバンド名を変え、1972年にシルヴェインがリックの代わりにバンドに加わり、ニューヨークで定期的にギグを始めるようになる。
72年、NEW YORK DOLLSはFACESのUKツアーのサポート・アクトに抜擢され10,000人を超える大観衆の前でプレイしたのだが、Wembleyでのショウの後、ドラマーのビリー・マルシアがドラッグのオーヴァードーズで死亡してしまう。この悪夢のようなツアーから戻った彼らは、新たにジェリー・ノーランを迎え入れ、Mercury Recordsとアルバム契約を獲得、プロデューサーにトッド・ラングレを迎えてデビュー・アルバムのレコーディングを開始させる。翌73年、1週間でレコーディングとミックスを終了させ完成させたデビュー・アルバム『ニューヨーク・ドールズ』を発表、作品は評論家達からは良い評価を受けたのだが、そのサウンドに不満を抱いていたバンドは、すぐさま次の作品に取り掛かる。プロデューサーにシャドウ・モートンを迎え、74年、セカンド・アルバム『悪徳のジャングル(TOO MUCH TOO SOON)』を発表。サウンドはより明確になったものの、当時は受け入れられず、バンド内にもよくない空気がただよい始めてしまう。ジョニーとデイヴィッドの口論は絶えず、アーサーは重度のアルコール依存症になってしまい、ギグをしてもただ自分のベース・ラインをなぞる事しか出来なくなっていく。
2枚のアルバムでMercury Recordsとの契約も終了し、他のレーベルとの交渉も上手くいかなかったバンドは新たにマルコム・マクラーレン(SEX PISTOLSのマネージャーとして有名)をマネージャーに迎え、彼のアイディアの下、積極的なイメージ戦略を行ったのだが、数年後のSEX PISTOLSでは上手くいった手法が当時はまったく機能せず、さらにバンドを取り巻く状況が悪くなっていく。75年に初来日公演を行うものの、その後ジョニー・サンダースとジェリー・ノーランがバンドを脱退、デイヴィッドとシルヴェインはマルコムを解雇し、様々なメンバーを迎え入れその後2年間活動をなんとか続けていくのだが、77年、二人はバンドの活動を停止させる事を決意、ここで一度NEW YORK DOLLSの幕が下ろされる事となる。その後それぞれソロとして活動したり、新たなバンドを結成して別々な道を歩んでいくのだが、NEW YORK DOLLSに対する熱狂は年を追う毎に加速、様々なコンピレーションやライヴ・アルバムが続けざまに発売されたりフォロワー達が影響を受けたバンドとして紹介するなど、時代を先取りしていたそのサウンドは、シーンに多大な影響を与えていた事を証明していく。
1991年、ジョニー・サンダースがドラッグのオーヴァードーズで死亡、同年後半にはジェリー・ノーランも脳卒中のため死亡し、NEW YORK DOLLSの復活の道は絶たれたかと思われたが、2004年モリッシーの働きかけにより再結成。
www.myspace.com/newyorkdolls
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